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(4)田村宗立 (1846〜1918)

弘化3(1846)8月丹波国園部に田村宗貫と佐野忠左衛門の次女ナミとの間
に生まれる。
安政2年(1855)10歳東山大雅堂清亮に南画を学ぶが、翌年真言宗の画僧
大願律師につき仏画を学び僧名を宗立とする。大願律師を中心に頂法寺内
六角堂能満院に仏画工房が開かれていた。江戸末頃。
はじめは南画仏画を学んだが、安政5年頃から写実的な絵画に興味を持つ。
写真に接し、実物写生を行うようになり、1864年に「果蔬図」を描く。
慶応3年頃、油絵の存在を知り、明治3年欧学舎支舎英学校に入学。
アメリカ人チャールズ・ボールドインに英語と油絵を学ぶ。
粟田口病院に勤務した時にドイツ人・ランゲックに油絵を学ぶ。
また横浜でワーグマンに師事。8年京都博覧会で銅牌。
13年京都府画学校が創設され、14年より西洋画を担当。
22年退職し、画塾明治画学館を開設。34年関西美術会の結成に参加。
晩年は月樵の号で日本画、仏画を描いた。
大正7年(1918)7月10日歿、73歳。

田村宗立の師、大願律師とは、江戸時代中後期に誕生した僧。
当時最も遅れていた仏画の世界を復興をすべく、郷里会津若松より上洛する。
上洛後は六角堂能満院に居を構え、弟子達にも恵まれ仏画を学び描いていく。

この大願律師を中心した工房での模写制作された仏画粉本の約2600点の大きな
資料は、田村宗立が継承し没後大正8年遺族より京都市芸大に寄付されました。


布袋唐子図

(参考画像)








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