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(6)廣瀬桑田 (1892〜1966)

1892年(明治25年)7月19日京都府亀岡に生まれる。本名廣瀬良三。
1911年(明治44年)3月 京都市立美術工芸学校絵画科卒業。
1914年(大正3年)3月 京都市立絵画専門学校本科卒業 卒業制作の
「山麓の図」が学校所蔵に選ばれる。
1915年(大正4年) 南画家田能村直入の高弟田中柏陰画塾に入門。
1916年(大正5年) 山田古香書塾に入門。
1918年(大正7年) 中国漫遊旅行。盧山にて指墨による南画作品に出会う。
指墨画技法を会得しようと盧山に4ヶ月滞在。さらに蘇州で陸廉夫師の指導を
受けて研究を重ねる。南京・上海の諸大家とも交遊、各地を精力的に廻る。
1919年(大正8年) 帰国。帰国後、中国で会得した南画の研究に打ち込み、
独自の指頭画を確立する。橋本独山師(元相国寺管長)の助言で号を桑田と
改める。その後、南画家の同人たちと雲烟社結成。春秋2回同人展を開く。
他に恩師・知人により桑田画会が地元で数回開催される。
昭和20年京都府立亀岡農学校芸能科教授嘱託、昭和23、24年京都府立
亀岡高等学校書道科教員となる。
その後郷土史、亀岡市史編纂に力を入れつつ画業に励み、雲烟社展にて
発表を続ける。

(参照)披雲居 廣瀬桑田作品集



山水図

(参考画像)















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